荻窪の概要 - 荻窪 交通事故 弁護士

 

荻窪の概要

 

荻窪の概要

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荻窪とは
荻窪は、杉並区中央部に位置する地域です。
住居表示上では、JR東日本中央線・東京地下鉄丸ノ内線の荻窪駅周辺にある地域を指します。
一般的には、荻窪に由来する名を持つ南荻窪、上荻に加え、天沼、本天沼、清水、荻窪警察署のある桃井、今川あたりまで含む地域を指すことが多いようです。
 
文化人に愛された街・荻窪
荻窪は、大正から昭和初期にかけて東京近郊の別荘地として西の鎌倉、東の荻窪と呼ばれていました。
与謝野晶子・与謝野鉄幹、井伏鱒二、棟方志功などの作家・芸術家、 音楽評論家の大田黒元雄などが住んでいたほか、公爵近衛文麿が別荘「荻外荘(てきがいそう)」を構えたことでも知られています。
井伏鱒二著の『荻窪風土記』には、荻窪の街が文化人に愛され街を形成していった様子が紹介されています。
 
地名の由来
現在では駅前にビルが立ち並び賑やかな様子の荻窪ですが、およそ1300年前は荻があたり一面に生い茂る草深い地域でした。
荻窪という地名の由来には、こんな言い伝えがあります。和銅元年(708年)、観音像をおぶった一人の旅人がこの地を訪れたところ、急に観音像が重くなり、歩くことができなくなりました。旅人は「観音像はこの土地に何か縁があるのではないか」と考え、付近一帯に自生していた荻(オギ)を刈り取って草堂を造り、そこに観音像を安置しました。そしてその草堂を「荻堂」と名づけました。この荻堂のあった場所は、現在では慈雲山荻寺光明院というお寺になっています。また、周辺の地形は窪地であったことが伝えられていますので、そこから荻窪と名付けられたとも言われています。
 
荻窪の歴史
荻窪一帯は関東ローム層が地表を覆っており、周辺地域は水利がきわめて悪い地域ですが、荻窪の中心部を流れる善福寺川の流域は水利が良いため古くから水田が開かれていました。
和銅元年(708年)に荻堂が、寛平年間(890年頃)には 荻窪八幡神社がそれぞれ創建されました。荻窪八幡には1052年に、源頼義が前九年の役の戦勝祈願をしたとも伝えられています。
1590年頃、 荻窪村が西側の上荻窪村と東側の下荻窪村に分割され、江戸時代初期には、下荻窪村は服部半蔵の、上荻窪村はその配下の知行地となり、その後どちらも天領となりました。
その後時代は下り、1892年に甲武鉄道(現・JR東日本中央線)荻窪駅が開業しました。また荻窪一帯は空襲を逃れたため、第二次世界大戦における空襲で被災した下町から多くの人が移り住むようになり人口が増加し、さらに都心からのアクセスの良さも手伝い、現在の賑わいのある街として発展しました。
   
   
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